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執筆者の写真Yasuhiro Susuki

口から育つ子どもの心と体


1960年代後半にカイエスという学者は、むし歯が

(1)口腔(こうくう)内細菌叢

(2)細菌が栄養とする食餌の基質

(3)細菌が付着する歯とその宿主

という3つの要因が重なった時にできる(Keyesの3つの輪、図参照)ことを説明し、むし歯予防にこの概念を利用しようとしました。それぞれの輪は、人間が生活していく上で排除しえないため、輪の重なりを少なくしてむし歯を抑制しようというものです。


むし歯の原因菌は口腔内常在菌であり、多くは母親から感染しますが、母親との濃厚な接触は乳幼児にかかせません。むし歯の原因菌は栄養源として砂糖を最も好むものの、砂糖嗜好は人間に備わった本能です。生えた直後の歯質は弱いものですが、人間にはこれを保護しだんだんと強くするしくみがあり、唾液が主にこの役目を担っています。


1つの輪だけでむし歯を完全に抑制しようとすると、日常生活が息苦しくなります。また、子どもの成育上好ましくない場合もあります。例えば、学童期まで保護者が細菌の塊である歯垢を一所懸命磨いて乳歯を護ったとしても、子どもに清掃習慣や衛生思想が定着しなければ、いずれ永久歯に問題が起きます。むし歯の誘因として甘いものを絶つことは、たくさん与えることと同じように子どもの成育にはよくありません。甘い味を覚える時期を少し遅らせ、特別な日に少量あげるのが適切と考えます。うがいもできない乳幼児では、歯にフッ素を塗ることよりも、食間を2時間以上とって唾液が能力を発揮する環境を整えてあげます。子どものむし歯予防には、3つの輪へ働きかける総合力で立ち向かいます。少しぐらいむし歯ができても、乳幼児でなければ歯科医は十分に対応ができます。


食育(食を通じた子どもの健全育成)という言葉が話題となっているこの頃ですが、食べること以外にも、発音、呼吸など口の機能にはいろいろあります。乳幼児ではものの認知、協調による手指の運動、満足感を得ることにより情緒の発達などにも関連します。食習慣、生活習慣として歯や口の健康を護る行為と考え方が、全身の健康につながります。“口から育つ子どもの心と体”といっても過言ではありません。



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